帰国の総括 その後

 3日に帰国して、家に戻ってメールの整理などしていたら、たまたま件の彼女とメッセンジャーがつながった。彼女とのことだけでなく、他の友人との関係なんかにも話は及んで、でも、やっぱり完全に向こうのペースで、なんだか途中から完全に怒られ&よわよわモードになってしまった。そうなると、僕仕事でもそうだけど、素直に人の話聴けなくなってしまう。最終的には怒らせちゃったみたいで、多分もう彼女とメッセンジャーをやることも無いだろう。
 言われてることはもっともで、相手の気持ちを「考える」より「感じ」ろよ、ということなのだけど、頭では分かってるけど、本当に理解してるかは自信なかった。そんなわけで、実は彼女とのやりとりの後、「考えても無理!」とか言われながらも考え続けてみた。で、結論としては、当たり前のことって言えば当たり前のことだけど、「考えてもしょうがない」ということだ。ギャフン!
 ま、それだけでは忘れてしまいそうなので少し考えたことをまとめておこうと思う。
 彼女との関係では、やっぱり僕は彼女の感情的なところには踏み込めなかったのは、受け止めなくてはいけない現実だ。ていうか、避けていた。変に過去のことを掘り起こすようなことはしたくなかったし、それは彼女の中で解決することで、僕は今後のことだけ考えれば良いと甘えていた。本当は一時的には辛い思いをさせてしまうかもしれないけど、僕自身が彼女の過去を全部受け止めた上で、今後の彼女の人生をサポートしていきたいと言うことを言うべきだったのだろう。友達としての会話や、僕の気持ちを伝えるということは、今考えれば、全く本質的なことでは無かった。彼女に、

心の奥の言葉を感じられるようになってよね

と言わせてしまった自分が本当に情けなくて、しばらく立ち直れそうにありません。
 もう一つ、友人との関係も大きなトピックスで、これも彼女にしてみたら同じ問題だったのだろう。要は、僕が親友として彼の感情的なところに踏み込めてないということだ。はい、全くその通り。これも同じで、本質的なところって、感情の部分に入ってかないと分からないのではないかということ。僕は勝手にそうではないと思いこんできたけど、やはり(過去に根ざす)感情的なものを避けて、今の苦境(多分、本人はそう感じてないだろうけど)を脱するのは難しいんだろう。彼女との関係は終わりかもしれなくても、彼との関係は一生続く。僕はまだサポートしていくことが出来るわけで、難しいとは思うけど、彼女の僕に対する最後の期待を裏切ることはしたくない。いいよ、期待を超えてやろうじゃんか。
 で、僕のやるべきことは、まず自分をさらけ出して相手にぶつかり、相手の感情、もしかしたら本人も自覚していないかもしれない感情を引き出し、それを全身で受け止めることなんだと思う。その第一段階の「自分をさらけ出す」これが今の僕にとっての一番の課題。それはおそらく経験していくしかなくて、しかも一般化・抽象化できるようなことではないだろう。そういうわけで「考えてもしょうがない」と言う結論。どんなもんでしょう?
 高校時代に、親友に「僕は自分に正直に生きてる」と言われ、それが衝撃的で、その後の自分を大きく変えたのだけど、それから20年経って、次の衝撃となる出来事だったような気がする。最後は怒らせてしまい、今後会えるか、話が出来るかどうか分からないけど、心を削って話をしてくれた彼女には素直に感謝したいと思う。