言語化

 僕の大好きなDVDでこんなのがあります。

ピタゴラ装置 DVDブック2

ピタゴラ装置 DVDブック2

 で、この中のあとがきみたいので、佐藤雅彦が、

(前略)〜の一種と名前を持ち出し、あたかもそれに対して理解が済んでいるかのようなふるまいは、何かとてもつまらないことに思えてしょうがありません。(中略)誰もが持っている『言語化されていない面白さを素直に感じる能力』を自ら放棄することにもなり、世の中の文脈に依存した生き方に繋がってしまう・・・(後略)

と言っております。これは言われれば納得はしますが、なかなか大人としては耳の痛い話だと思います。スティージョブズも言ってます・・・Don't be trapped by dogma ― which is living with the results of other people's thinking.正直、ドグマに囚われず生きていくには、相当の努力が必要となると思います。

 話題を替えて、今日はこいつを見に行ってきました。
演劇「だからの空」公式ホームページ
 脚本・演出・舞台監督が僕の友達なのですが、「(自分の)全てを出し切る」と言って誘ってもらったので、僕自身も相当の覚悟というか、気合いを入れて見に行きました。普段演劇とか見に行くわけではないのですが、1秒も逃さず、多分、全ての台詞と意味を拾いきってるとは思います。ただ、盛りだくさんの要素を1時間半弱に凝縮していて、台詞とかもかなり練られている感じで、ともすると置いてかれそうになるくらい、相当内容の濃いモノだったと思います。あまり解釈に幅は無いと思うので、上述の「言語化」による弊害を恐れずに言えば、メルロ・ポンティの身体論がメインテーマと言っていいのではないかと思います。これは、僕がこの本人と初めて会ったときからのテーマだと勝手に思ってますが、いつかどこかで語り合う日があるのかな・・・あ!実は僕自身、メルロ・ポンティなんてほとんど理解してないんですけどね・・・

 ま、それはともかく、改めて考えたことは、一回り以上違う若者と僕とで、世界認識のレベルってほとんど違わないんだなあ、ということなんです。別に今日初めて思ったことではないけれども、自分の知的好奇心の尺度というか、自分の身体の外側の認識に関しては、22〜3歳から大して変わってない。頭の中で広げられるレーダーの範囲や見通せる能力っていうのは、むしろ体力の衰えとともに下がっていると感じるくらいです。「言語化」レベルは、まあ、社会人ですからそれなりに上がってくのは仕方ないとして、むしろ「文脈化」レベルとでもいうのか、自分の身体内部での解釈や他者との関連づけといったものは、これは好奇心と経験値がモノを言うと思うので、この点で『言語化されていない面白さを素直に感じる能力』を放棄しないで、今後もいろいろ刺激を求めていきたいな。そう言う意味で、今日もとても刺激的な一日でした。

 いや、本当にお疲れさんでした。

朝食:グラノーラ、牛乳、エスプレッソ
昼食:ココイチビーフカレー2辛、牛しゃぶ、ポテトサラダ、水
その他:カボチャプリンエスプレッソ、アイスコーヒー
夕食:ビール2杯、焼酎2杯、刺身、焼き鳥、揚げ出し、手巻き寿司2本などなど